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記事一覧(52)

スランプでした

こんにちは Kayです🌛驚くほど間が空いてしまいました。その間もご覧くださっていた方々、ありがとうございました。書こうと思うことはちらほらあったのですがどうもしっくりと来ず、それまでに書いた記事をざっと振り返り、もう一度軸や仕事観を洗い直しました。回復途上ではありますが、漸く書けそうなことが浮かんできましたのでまた少しずつ記していきます。こうして思うようにいかない時、必ずどこがで創造性にブロックがあります。このブログは「愛情」「感謝」「繁栄」というような読み手さんと私にとって祝福となるよう意図して書いているのですが、「自分をよく見せたい」「何か良いこと言いたい」「取り敢えずノルマ3記事」「何らかのあてつけ」「人の目や称賛を気にする」のように、不純なものが混ざり始めるとそれが滞りとなって本当に必要なものが出てこなくなります。 ですので、そのような時は更新をストップします。この状態で記事を書いたりクライアントさんに向き合っても、自分の問題をおっ被せてしまったりなど良いことは何一つありませんので…。ご了承くださいませ。日々のメンテナンス、スムーズに物事を運ぶために必要な事ですね。それすらも糧にしつつ日々精進、です✨これからも、純粋な意図で発することができますように。Don't find yourself.Create yourself.Love yourself!With love,Lunar Phase Kay🌛

子供だって変化が苦手😣

こんにちは Kayです🌛関東はまた真冬の冷え込みです。風邪を治しては子供がもらってきた菌でぶり返す…を繰り返しております😇さて、そろそろ卒業の季節ですね。子供の周りでも少しずつ変化の足音がしているのですが…私、変化にすごく弱かったです😅変化についての一番古い記憶は3歳の時の引っ越し。家を移るということは理解していて、当時一番仲の良かった女の子に「私お引越ししちゃうんだ」と、とても悲しい気持ちで話したことを今でも覚えています。よく「子供はすぐ環境に慣れるから」って言いますが、この経験からそれも個人差あると思っています。色んな事を感じて考える子、おっとりしている子、表にどう出していいかわからない子…このような子達は変化に弱いのではないかなと思います。私は後々までその傾向が出ていまして、小学校ではクラス替えの後に元の先生とクラスがいいと、先生にお手紙を書きましたり😅中高は日本人学校で育ったのですが…節目は必ず誰かが本帰国しますので、特に中学から高校に上がるタイミングで仲の良かった子達が帰った時は、なかなか新しい生活に馴染めない日々が続きました。本人的には、中々切り替えられない苦しさや、それでも周りは変化に乗って楽しく過ごしている中で置いていかれたような、寂しさと気恥ずかしさがない混ぜの不思議な気持ちでいました。今はその気持ちの区切りの付け方が、だいぶ上手になったなと思います。物事が移ろいゆくのはそういうものだと受け入れ、変化を受け入れない方がつらいということを学んだからと思うのですが…これって別れの季節だけに特別に言えることではなくて、普段の生活に於いても言えることですよね✨カードや内観をしてきたことで、変わることへの感覚が変化したのかなと思います。ただ、もしも変わることが怖い方がいらっしゃる場合「こうでなければいけない」ということは一切ありませんので…!どうかゆっくりと、その気持ちに向き合ってあげてください。昔に遡ってみますと、思わぬところに根っこがあるかもしれません。そして。親になった今、子供が思わぬところで泣き言を言ってきて驚くことがあるのですが、ひとつひとつその奥にある気持ちは何なのかを感じながら接するようにしています。子供が安心できる場所、そのやわらかな心を受け止めてもらえる場所として在ることが、外の変化にも負けずにいられる強さを育む土壌になるのでは…と思うからです。今よく聞く言葉で言えば「自己肯定感」を育むことですね。ここではどんなことを感じたっていいのよと伝えていかれたら良いなと思います。ある意味、相談に来てくださる方に対してもこんな気持ちかもしれません(笑)それでは。Don't find yourself.Create yourself.Love yourself!With love,Lunar Phase Kay🌛

犠牲者マインドについて

こんにちは Kayです🌛今回の五輪は選手のメンタルに圧倒されることが多いなと思いながら観ています。そんな中、スポーツ報知のネット記事で「これはどうなのかな?」と思った一文が見受けられました。犠牲にするものも多かった。スケートで勝つことに全てを費やしてきた。羽生結弦「僕はアイドルじゃない」孤独と犠牲の上に涙の66年ぶり連覇http://www.hochi.co.jp/sports/winter/20180218-OHT1T50040.html拠点をトロントに移してからも自宅とリンクを往復する日々で、コンサートにもスポーツ観戦にも行ったことがない…という話の流れからのこの一文なのですが。それを犠牲と捉えるのは、記者の思い込みだと私は思うのです。たとえば、私はこのお仕事をしながら、或いはもう一つのお仕事をしていながら、何かを犠牲にしたと考えたことは一度もありません。ずっとそのことについて考えているのが好きだからです。私の一部だからです。この魂を生きることに直結しているからです。内観も、何かを手放すワークも、苦しい辛いと感じたことが殆どありません。犠牲者マインドでいたり、事なかれ主義で現状維持を望んだり、何も考えず言われるままにしている方がよっぽど辛いことを理解しているからです。目的を達成するために、何が必要なのか。何を優先するべきなのか。それだけの話であって、そこに犠牲という姿勢は必要ないと思います。何故なら、自分自身で選んでいるからです。それを何かや誰かに強いられたように捉えてしまうのは、自分で自分の選択をしたと責任を取れない未熟さからだと思うのです。と、そのようなことをこの記事を読みながら思いました。私の親族にもかつて五輪に出場した選手がおりますが、今はそのスポーツに絡んだ仕事を個人でしているようです。五輪に出場したり、ましてやメダルを獲るほどまでに物事を極めるのは「それしかない」ということなのだろうと思います。限りない純粋性。この言葉をどんなニュアンスで捉えるか?そこには自分自身の内面が反映されるように感じます。命を燃やせること以上の歓びはありますか?珍しくガツガツとした記事になりました😀Don't find yourself.Create yourself.Love yourself!With love,Lunar Phase Kay🌛

自分を顕すこと

こんにちは Kayです🌛ブログを開始して二ヶ月が経ちました。早いものですね。ウェブサイトの方のページを充実させながら並行して記事を書いているのですが、少しずつ書くことにも慣れてきました。始めた頃は、世間様に自分を顕していくことがとても怖かったです😅最近ヤ○ーニュースのコメントを観察していたのですがどんなに一般的で無難なコメントをしていても必ず1〜2割のヨクナイネがつくということに気付きました。何もしても、何を言っても、どんなに一字一句に細心の注意を払ったところで、一定数には支持されないということですね。理由はいくつか考えられますが①根本的な考え方や価値観の違い②意図したように伝わっていない③受け手が気に入らないと反発をしてるだけで、ハナから理解する気がない④そもそもちゃんと読んでいないというパターンがとても多いように感じました。そして世の中白黒では出来ていませんので、どうでもいいという人はもっと多いことでしょう。誠意と最善を尽くし尊重する気持ちを忘れずに発信したことで合わないのなら、それは仕方がないことですし。こちらに否や勉強不足がある場合、有り難い学びとして受け取らせて頂くことが大切と思いました。まだ起きてもいないことを恐れ、不必要に八方美人や迎合をして自分を閉じ込めてしまうのは、勿体無いこと…それが理解できて、だいぶリラックスして書けるようになってきました✨さて。メニューをアップデートしましたので宜しければご覧ください♡見やすくなりますよう順次体裁も整えてまいりますのと、ブログの書式の方が見やすい方もいらっしゃると思いますので、こちらにも改めて掲載致します。何せ文字が…文字が小さいのです!!Don't find yourself.Create yourself.Love yourself!With love,Lunar Phase Kay🌛

バレンタイン♡パートナーシップと両親との関係性

こんにちは Kayです🌛この日にそわそわしたのももう遠い昔のようです(笑)今日はボトル一本空けて祝いました。子供がもっと大きくなれば、恋の話を聞いたりするようになるのでしょうね。酸いも甘いも良い経験をしてほしいです✨さて、今日はちょっとビターな話を。世の中、色々な形のパートナーシップがあります。実家の方は四代遡っても夫婦縁がとても薄く、見渡す限り離婚や死別のたえない家系です。成人する頃からは昔話を交えながらやんわりと心得のようなものを聞かされました。私は、家庭縁にそこまで恵まれなかった(通院を要したいわゆる機能不全家庭の子供です)帳尻合わせのように、異性運自体には全く困ったことがありません。ただ、振り返ってもその関係性はどこかしらアンバランスでした。どうしても健全な関係性が構築できない、恋愛がうまくいかない、或いは報われない恋に走ってしまう場合、見てきた限り両親との関係性を昇華する必要があるケースが殆どです。結婚の場合も、一番身近な男女の雛形が両親という形で自然に刷り込まれていきますので、それが本人に受け入れられない形の場合苦しい思いをする場合がとても多いです。私の場合も例に漏れず、健全な母性ないし父性に触れてこなかったことが問題の根底にあるようでした。こういう、どこかに絶望を抱えたままの状態で恋愛をしますと、満たされなかった部分の穴埋めのような形で関係性を築いてしまいがちになります。そうならなくても強烈に異性や自分の性を拒絶しましたり(たとえば女嫌いの女、という意味です)、なかなかご縁に恵まれないということがあるようです。なまじ血が繋がっている分、両親との関係性の昇華は本当に対処が難しいです。他人であれば諦めがつくはずのことも「親子なのにどうして」という気持ちが多くの場合湧き上がってくることと思います。私は、どうしても両親を許すことが出来ず苦しんで、20代前半の時に自力で家系調査をしました。両親がどのような過程を経て今こうなったのかがわかれば、ひょっとしたら手放すきっかけができるかもしれないと考えてのことです。お役所で除籍謄本を取り寄せて資料上で知りましたり、親族のところに直接話を聞きに行ったりしました。これは条件付きの手放しに思えるかもしれませんが、このクッションを置くことで出来ることはかなり増えます。一気に出来ない時は段階を踏むというのも一つの方法と私は考えております。結果…内観とあわせていたのもあって、昔よりマシになりました。これは自分のエゴや渇きを押し付けている良くないパターンだ等、気付ける確率がグッと上がったのです。それがわかってくると外向きには「この人には深入りしない方が良い」ということにも気づくようになりますので、結果的に普段の人間関係も変わってきます。ですので、パートナーシップや人間関係に深い問題を抱えていて、時間の余裕がある方、関心がある方は家系調査おすすめです。気になる感じですと、ご先祖様が何かしら訴えていることがおありなのかもしれません。(私自身、調査中に不思議な体験をしました)力の及ばないことへの絶望や苦しみ、無力感は小さな子供であればあるほど大きいと思います。ただそれを引きずって、新たな問題を生んでしまうのも、また勿体無く悲しいことと思います。全部は解決できなくても今変えられることに力を尽くしてみませんか?私は喜んで、そのお手伝いをさせて頂きます。今日はちょっと苦い、パートナーシップのお話でした✨いつか全てを抱き締められる日が来たら、素敵ですね。Don't find yourself.Create yourself.Love yourself!With love,Lunar Phase Kay🌛

幻滅するのは事実を見ていないから

こんにちは Kayです🌛類義語の調べものをしている過程でたまたま「幻滅」という言葉に触れました。個人的には「がっかりする」という意味で使っていたのですが、そのサイトで書かれている意味に若干衝撃を受けましたのでシェアします✨幻滅間違った信条または幻想からの解放通常の検索ですとげんめつ【幻滅】《名・ス自》幻想からさめること。美しく心に描いていた事が、現実には幻に過ぎないと悟らされること。 「―の悲哀」くらいの書き方なのですが、前者は「間違った」とかなり手厳しい(笑)字義的には「幻滅した」と相手に思う(ましてや言う)のは、間違いなのがわかります。幻を抱いた=ありのままの現実を見ていないのはその人の現在の状態という事実なのであって、対象者の責任ではないということ。(騙してやろうなんて意図が無ければの話ですが)そう考えると、美化も中傷も根っこは一緒だなと思うのです。美化→実物以上に美しいと捉えること中傷→根拠がないことを言い、悪く言ったり嫌がらせをすることどちらも根拠はなく、事実を受けとめていない状態ですね。その人にはそれが真実なんでしょうけれど…ということです。自分が見ていた幻の外に出ていったショック(想定外とも言いますね)や、事実を受け止められない痛みのあまり、対象者にその責任を押し付けてしまうのが「幻滅した」と言い立てる行為や、中傷なんだなと思いました。ということで、幻を抱くことのアカン感じは伝わりましたでしょうか?これは私がブログで書いているフィルターや色眼鏡にも通ずる話だと思います。どんどん覚めて、事実を受け止められる器を育てていきましょう♡というお話でした✨たまーにこうして辞書を引くと、何歳になっても新しい発見があり面白いです。歳を重ねた脳みそでも、何らかの汁が出そうな感じです(笑)Don't find yourself.Create yourself.Love yourself!With love,Lunar Phase Kay🌛

「○○の方法」に感じるディストピアみ

こんにちは Kayです🌛表題がなんのこっちゃですが。先日本を片付けておりました時の記事で、ネット検索という文明の利器についてちょっとだけ言及しました。知りたいことは即検索、誰かが出した結論を自分の結論に、誰かの正解を自分の正解とすることが容易いからだろうと思います。一番わかりやすいのは「○○の10の方法」のようなhow toやtipsでしょうか。で、試しにググってみました。心臓発作にならないための10の方法一流の人がやる気を高める10の方法やる気を高める10の方法わかりやすく話す10の方法他人とうまく会話する10の方法ストレスを溜めない10の上手な方法子どもを優秀なリーダーにする10の方法 みんな大丈夫…?(´・ω・`) 疲れてるなぁと思いました。いや、こういう商売しておいて何なのですけれどね。さて、どうでしょう。この子供を優秀なリーダーにする10の方法を皆が実践したらどうなるだろうと考えましたが、これはきっとこのtipsのセオリーが及ぶ範囲で平均化され、その中でも何かを持っている子が突出するのだろうと考えました。解釈によっては人材の底上げになるのかもしれませんが…個人的に一番気になりましたのは会話に関する10の方法です。セオリーに沿って会話をすればストレスから解放されるし、揉め事やすれ違いもおこらないし、人や自分が不快になることもないし…ということですよね。これをインプットしてる人が自分の周りに何人もいたと想像して。怖いなと思いました。私は誰と何のために話すのか。あなたは誰なんですか?と。と書いております私は、テキストですと饒舌ですがどうも昔から会話は瞬発力が要されるからか不得手です。「あの時あんなこと言わなければよかった」「心と口が一致していない」そんな反省はしょっちゅうあります。同時に人が話しているのを聞いて「ああ、こういう時はこういう言い回しのほうが好ましいな」と勉強になることもとても多いです。このように、会話は生ものだと思うのです。その人が普段接している人や物事、それまで培ってきた経験、そういったものが良くも悪くも反映されます。その悲喜こもごもの経験を丸っと受容することが自分を受け止めることではないのでしょうか?自分という軸で生きるということではないのでしょうか?他者を尊重することにも繋がりませんか?みんなセオリー通りに当たり障り無く無難に話して接してストレスフリーで幸せうふふあはは…って均質化されたコミュニケーションにはディストピアみしか感じません。少なくとも私は。それに、そのセオリーから外れた時に物凄く弱いと思うのです。よく現代っ子はマニュアル人間で臨機応変な対応が出来ないと言われますが、こういうところに繋がるのではないかと思います。とはいえ、誰かがより良いものを求め続ける性質を持つ以上、そして毎年出版される多くの自己啓発書をみながら、こうした潮流が止まることは無いのだろうなと感じます。その中に自分もいるという自戒を込めながら。私は創造的な人生というものを推します。たとえtipsやhow toなどを利用するとしても、どんな時にも考えて行動することをやめず、選択に意志を持ち続け、この身体でそれを顕し続ける。それが人で在ること、そして醍醐味なのではないかな…と感じます✨ちょっと毛色の違う記事になりました。Don't find yourself.Create yourself.Love yourself!With love,Lunar Phase Kay🌛