犠牲者マインドについて

こんにちは Kayです🌛



今回の五輪は選手のメンタルに圧倒されることが多いなと思いながら観ています。


そんな中、スポーツ報知のネット記事で「これはどうなのかな?」と思った一文が見受けられました。


犠牲にするものも多かった。スケートで勝つことに全てを費やしてきた。

羽生結弦「僕はアイドルじゃない」孤独と犠牲の上に涙の66年ぶり連覇
http://www.hochi.co.jp/sports/winter/20180218-OHT1T50040.html

拠点をトロントに移してからも自宅とリンクを往復する日々で、コンサートにもスポーツ観戦にも行ったことがない…という話の流れからのこの一文なのですが。


それを犠牲と捉えるのは、記者の思い込みだと私は思うのです。


たとえば、私はこのお仕事をしながら、或いはもう一つのお仕事をしていながら、何かを犠牲にしたと考えたことは一度もありません。ずっとそのことについて考えているのが好きだからです。私の一部だからです。この魂を生きることに直結しているからです。


内観も、何かを手放すワークも、苦しい辛いと感じたことが殆どありません。犠牲者マインドでいたり、事なかれ主義で現状維持を望んだり、何も考えず言われるままにしている方がよっぽど辛いことを理解しているからです。


目的を達成するために、何が必要なのか。何を優先するべきなのか。それだけの話であって、そこに犠牲という姿勢は必要ないと思います。何故なら、自分自身で選んでいるからです。それを何かや誰かに強いられたように捉えてしまうのは、自分で自分の選択をしたと責任を取れない未熟さからだと思うのです。


と、そのようなことをこの記事を読みながら思いました。
私の親族にもかつて五輪に出場した選手がおりますが、今はそのスポーツに絡んだ仕事を個人でしているようです。五輪に出場したり、ましてやメダルを獲るほどまでに物事を極めるのは「それしかない」ということなのだろうと思います。限りない純粋性。この言葉をどんなニュアンスで捉えるか?そこには自分自身の内面が反映されるように感じます。


命を燃やせること以上の歓びはありますか?


珍しくガツガツとした記事になりました😀



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Create yourself.
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With love,
Lunar Phase Kay🌛



Lunar Phase

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